南郷谷歴史探検部①

…というものに、初めて参加させていただきました。


以前(8/23)ご紹介した「南阿蘇えほんのくに」の地図にたくさん載っている史跡などを、


詳しい方に由来などを伺いながらめぐるというものです。


今日はそのほんの一部ですが、探検できてとても面白かったです(^^)


10月にできたばかりの探検部だそうですが、もう一回りされた方もいるとのこと。


私も早く制覇して、お客さまにご紹介できるぐらい勉強しなければ!



↓ 幅・津留遺跡

  平成18年、道路工事の際に発掘された1900年前の遺跡で、弥生時代の住居跡や多くの土器などが見つかっています。

  現在も発掘調査中ですが、職員の方がお話を聞かせてくれます。かなり興味深いお話でしたよ。
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↓ 孝女白菊の墓

  西南戦争の頃、行方不明になった父を捜しに旅に出た白菊という少女の物語があるのですが、そのモデルになったと言われる妙喜という方のお墓があります。
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↓ 柳の大石(阿蘇大明神御足跡石)

  江戸時代に編纂された肥後国誌をもとに、平成11年、地元有志が掘削したところ、言い伝え通りの大石が姿を現したそうです。
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↓ 中郷天満宮

  畑の中にポツンとたたずむ小さな天満宮ですが、見晴らしはバツグン!
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↓ 市下神社(八面社)

  こちらには神社合祀の際に近隣から集めてこられた石などが置かれていました。
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↓ 無量寺阿弥陀堂

  台座からの高さが3.3mもある大きな阿弥陀坐像があります。

  この辺りは鎌倉時代、北条氏の支配下にあったのでこんなに立派な阿弥陀坐像が残ったのでは…と言われているそうです。 

  また、こちらも眺めの素晴らしい場所にあります。


↓ 矢村社(高森阿蘇神社)と御矢石

  神武天皇の皇子、健磐龍命(たけいわたつのみこと)が九州に下りた際、阿蘇山頂から南北へそれぞれ矢を放ち、北の矢が刺さった場所は宮地の阿蘇神社となり、南の矢はこの地の大石(御矢石)に当たったので、ここに矢村社が建てられたそうです。
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今回はお話を聞くのに夢中で、あまり写真を撮れませんでした。


ご興味のある方は、是非ご自分の目で確かめてみてくださいね(^^)


「南阿蘇えほんのくに」の地図に主な史跡の説明も書かれていますので、


そちらも参考になりますよ♪
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by CAFE-SCARECROW | 2012-12-11 23:17 | お出かけ